そばやラーメンの出前でなく、「ソフトクリーム」の出前というのは、珍しいのではないか。
今やっているかどうかは不明だが(のちに調査してみます)、増田町にはソフトクリームの出前をしてくれる店がある。
中にソフトクリームが10本ほど挿すことのできそうな、年季の入った特製おかもちで配達してくれた。
そのお店からわが家まで、少なくとも10分かかるはず。
でも、夏の割と暑い日に持ってきていただいたのにもかかわらず、ソフトクリームはそれほど溶けてはいなく、驚いた。
そばやラーメンの出前でなく、「ソフトクリーム」の出前というのは、珍しいのではないか。
今やっているかどうかは不明だが(のちに調査してみます)、増田町にはソフトクリームの出前をしてくれる店がある。
中にソフトクリームが10本ほど挿すことのできそうな、年季の入った特製おかもちで配達してくれた。
そのお店からわが家まで、少なくとも10分かかるはず。
でも、夏の割と暑い日に持ってきていただいたのにもかかわらず、ソフトクリームはそれほど溶けてはいなく、驚いた。
1983年(昭和58年)5月26日正午(正確には11時59分57秒)に発生した、「日本海中部沖地震」、いろいろな意味で忘れがたい出来事です。
当時の増田小学校は築60年の古い校舎(大正14年9月16日に落成式があった)、学校敷地隣に新しい増田町役場が出来ると(1982年竣工)、その古さ加減がより引き立っていました。
もちろん、改築話はあったのですが、その際、増田町内の他の小学校と合併するか、あるいはそれぞれの学校を存置するかで、町は大いにゆれ、なかなか具体的な話が見えてこなかったのです。
そこへ大きな地震が!
その瞬間私は小学生で、グランドにいました。運動会(増田町内の複数の小学校を集めて行う地区体育会、略して「ちくたい」)の練習中だったと思います。
そこへやってきた大きな揺れ!震度4か5弱でしょう。
古い校舎は、もう一生見ることがあるだろうか、というぐらい、左右に(方角としては南北)揺れ、悲鳴を上げながら校舎にいた在校生が逃げるのを、ぼうっと見ていました。
内心、「これで、建物に大きなダメージを受けたに違いない、これで、ついに学校建て替えかな」と思いながら...
実際は、新しい校舎が出来たのはそれから3年後の1986年のことで、とうとう私の学年は古い学校のまま、卒業となりました。
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